初期の加速器は粒子の加速に高電圧を利用するものだったが、1930年代に高周波の電場を利用した線形加速器や磁場を使った円型の加速器サイクロトロンが誕生。
1944年に位相安定性原理を加速に用いるシンクロトロンが誕生。1952年に強収束の原理が発見、粒子を加速するエネルギーはそれまでの1 - 10万倍になった。
初期の加速器では粒子を固定標的にあてて出てくる粒子を調べていたが、エネルギー効率が悪かったため2つの粒子をそれぞれ正面から衝突させるようになる。この方法で、エネルギーがより反応へ向けられることとなった。
日本では理化学研究所の仁科芳雄博士らが1937年から陽子サイクロトロンを建設、しかし大東亜戦争の敗戦でGHQの指示によりサイクロトロンが破壊された。当時の部品で現存するのは、「ポール・チップ」と呼ばれる磁極として使われた鉄製円盤(直径約1メートル、厚さ約0.15メートル、重さ約250キロ)1枚のみである。今まで部品は全て廃棄されていたと思われていたが、京都大学の研究者が保管し続けていたという[1]。
1951年5月に来日したローレンスの助言により12月に科研(理研)で小型サイクロトロンの建設が始まり、1952年12月に運転を始めた。東北大学の北垣敏男による機能分離型強収斂の提案がなされる、これにより理論上100億電子ボルト以上の出力が可能になった。1961年に完成したのが東京大学原子核研究所の7億eV電子シンクロトロン。電子シンクロトロンは1966年には13億eVに到達。1971年に高エネルギー物理学研究所(KEK、現・高エネルギー加速器研究機構)発足、陽子シンクロトロン建設開始。そして1976年、120億eVの陽子シンクロトロンが完成。
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1986年に完成したKEKのトリスタン電子・陽電子コライダーはそれぞれの粒子を250億eVまで加速して衝突させ、重心系衝突エネルギー500億eVに到達。1988年から世界で初めて超伝導加速空洞を大規模に導入し、1989年にはビームエネルギー320億eVを達成した(なお超伝導加速空洞はトリスタン実験以来、様々な大型粒子加速実験装置で採用されることになった)[2]。
1994年にKEKのトリスタン電子・陽電子コライダーの後続であるKEKB加速器(B-Factory)の建設が開始、1999年に完成。現在に至る。