詰将棋は江戸時代の初期に誕生したとされる。これより古い例では、遊戯史研究家の増川宏一が、『新撰遊学往来』の各種遊戯の記述に含まれている「作物」という表現を詰将棋とみなす説を挙げており、これが事実であれば15世紀には詰将棋があったことになる。
現存する最古の詰将棋は慶長年間(1596-1615)に出版された初代大橋宗桂(1555-1634)の『象戯造物』(俗称『象戯力草』)である。これは将棋の終盤の考え方を教えるものであり、現在の詰将棋のように最短手順ではなかったり、終局時に攻め方の持ち駒が余る問題もあった。
宗桂以来、名人襲位時に幕府に詰将棋の作品を献上することがならわしとなり、詰将棋は大きく発展していった。三代伊藤宗看によって享保十九年(1734年)に江戸幕府に献上された『将棋作物』(俗称『将棋無双』『詰むや詰まざるや』)と、宗看の弟でもある伊藤看寿によって宝暦五年(1755年)に献上された『将棋図式』(俗称『将棋図巧』)とが、江戸時代における詰将棋の最高峰といわれている。伊藤宗看は詰将棋のルールを確立した。伊藤看寿の名は、現代詰将棋の傑作に与えられる「看寿賞」に残っている。
九世名人六代大橋宗英以降、詰将棋の献上は行われなくなり、詰将棋の発展は一時停滞した。復活するのは昭和に入り、「将棋月報」が詰将棋を掲載するようになってからである。以降、詰将棋は指し将棋とは独自の発展をし、現在に至るまで極めて高度な作品や芸術的な作品がいくつも発表されている。現在(2006年時点)発表されている詰将棋のうち、最長手数のものは、橋本孝治作の「ミクロコスモス」(『詰将棋パラダイス』1986年6月号発表、後に改良)の1525手詰である。
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